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プロが震えた質問

 昨日の深夜も雨。新宿から浅草へ帰るタクシーの中で、私と同じように咳をしている運転手と話をした。
「今年の風邪はいやですね。頭が重くなって、やる気がなくなり、なかなか治らないそうですよ。乗せた客の10人に7人はこのノロウィルスにやられていますね」
それでも働いている人はプロなのか。プロは休めないからだ。私は風邪で仕事を休んだことがない。最近、周囲でも風邪をひきまして、といって休む人が多くなった。すぐにスタミナの切れる電池人間が多くなったのだろう。
もう30年も前になろうか。私が関西の大学ESSが主催した、英語のディベート大会の審査委員長を務めていた時だ。疲労も加わりひどい熱で、頭がくらくらし、他のジャッジ(全員がネイティヴ)に代わってもらおうと思ったが、「チーフ・ジャッジは日本人のオレだ」という意地が曲げられず、英語でジャッジ・コメントをした。その後ダウン。
その後、岡町(阪急沿線にある)の実家へ倒れ込んだ。ほとんど意識がなかった。(このまま死ぬのなら、大阪で独りで住んでいる母親の看病に甘えながら死ねれば本望…)
兄弟(長兄と弟)が岡町の家に駆けつけてくれた。急患とあって、医者も駆けつけてくれた。一晩の看病で翌日には元通りになった。母の徹夜の看病が効いたのか、奇蹟的に回復した。昨夜、夢うつつに「熱は何度ですか」と聞いたが、医者も家族も教えてくれなかった。あの沈黙が不気味だった。「今なら言えるけど、あの時は45〜6度の熱で、危篤状態だった」と告白されて驚いた。
あの頃よくALC(English Journal誌)の仕事をしたが、デッド・ラインを破ったことのない私のことを平本社長は、「松本さんはプロ。絶対倒れない。いや倒れてもノルマは達成する男だ」と絶賛してくれたことがある。
そう、私はプロ。その代り、英語界の武蔵になる代価は高かった。15年も前になるか、高校の英語の先生方(たしか100名は超えていた)の前で講演をした時、こんな体験をした。
その時も風邪で、鼻をぐずぐずさせながらの講演で、冒頭から「風邪をひきまして…」と言い訳をした。さて、質問の時間に移った。プロのプレゼンターの正念場は、質疑応答である。後方から手が上がった。(あんな若者が…学生じゃないのか?)
「宮本武蔵は風邪をひきましたか?」
それだけ質問をして座った。う〜ん、と唸ってしまった。
私の答えは覚えていないが、しどろもどろであった。あの短い公案のような質問の中に、万感の思いが込められていた。反省した。「武蔵は風邪をひいても、口には出さないでしょう」――そんな隙を敵に見せてしまったのか。
「武蔵は風邪をひかないように、日頃から危機管理は怠らなかったんじゃないでしょうか」
「自称、英語武蔵と知られている先生は、私を失望させた」
何者なのだろう、あの青年は?
後で先生の一人が、私に話しかけた。「先生方だけの会合だと言って断ったんですが、どうしても聞かせて欲しいと、私の生徒がせがむもので…失礼しました」
いや、謝りたいのは私の方であった。――あの名も知らぬ高校生の、禅の坊主より恐ろしい質問に、私は縮み上がったのだから。
武蔵よ、残心を怠ったのか。

2006年12月16日
紘道館館長 松本道弘