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T根という男

 英語のプロが12月19日のメールで、民俗学のアマである私に、「脳梗塞予防の特効薬として、小児用バッファリンを服用しては」と勧めてきた。長嶋茂雄名誉監督ダウンに引き続き、その男の父(82)も脳梗塞にかかり、苦しい思いをされ、他界された、という苦い経験からの進言である。
 「皆様の大切な松本先生だからこそ、脳梗塞にかかって欲しくないという私の願いです。是非、松本先生には明日からでも服用するよう、N村さんから勧めて下さい」という。そういえば、同時通訳の神様、M氏も同病でダウンしたまま。が、私はそのプロに向って怒りをぶつけた。「オレは薬を飲まぬ主義で通してきた。T根君よ、相手を選んで物を言え」
 英語道の創始者である私は、道(みち)の精神であるgrow youngを守ってきた。生涯、現役で通す。「オレが薬なんか…そう思うだろう?」と言ったが、あっさり反論されてしまった。60歳を越えたあたりから、脳梗塞にかかった知人が何人もいるが、ほとんどが私のように健康に対し自信過剰で、頑固だった、と。
 T根君のメールには熱意だけでなく、論理的説得力もあった。「…私の父も、82歳で脳梗塞にかかり、苦しい思いをして5年前に亡くなりました。その時の脳外科の主治医が、「もう数年前から小児用バッファリンを服用していれば防げたのになあ」と言っていました。バッファリンの成分であるアスピリンは、百数十年前に発明されて以来、臨床例で副作用がほとんどない反面、いろいろな新しい効能が次々に発見されています。脳梗塞予防の特効は、6、7年前に発見されたもので、「小児用」としているのは、別に「小児用」でないとダメだという意味ではなく、脳内の毛細血管を広げて血流を良くし、血液をさらさらにするという点では、「小児用」を朝食後1日1錠服用 するだけで分量的に十分だということです。」
 薬の服用…検証してみる価値はあるかもしれない。君子、いやディベーターは時に豹変する――理由さえあればだが。このねばり強い英語達人(TOEIC990点満点)、T根君との運命的な出会いは、私が大阪から上京して、East West Discussion Groupで初登場した1972年の夜にまで遡る。当時慶応大のESSの間では全国的に知られた英語スピーチの達人だ。何度も全国優勝をしているという。氏の推薦のお陰で、慶応大の日吉校舎へ招かれ、2年後に初めて英語で講演をする運びとなった。
 1974年4月20日。ナニワ英語道がこの江戸で産声を上げたことになる。松本亨氏、西山千氏、國弘正雄氏に引き続き、この無名の私――勿論海外の経験はない――がこの晴れ舞台で「英語革命論」をぶった。この波紋がいずれNHKにまで広がっていく。A big break!
 いわば、T根君は関東での私の名を全国的に知らせる八咫烏のような存在であったのである。あれから32年にもなる。英検二次試験の審査員会場(神田外語学院)でもちょくちょく鉢合わせになる。
 その男からTOEIC満点になったという知らせを受けて私の方が舞い上がり、紘道館へゲストとして招いた。しかし、日本中がTOEICという熱にうかされたのか、今ではネコもシャクシもTOEIC詣で。私の近くにも満点取得者が増えてきた。驕れる平家の英検も落ちぶれたという。英検1級をとった私も落人になるのか?
 「T根君もTOEICに狂ったのか?」と尋ねた。
 「いえ、止むに止まれぬ状態で受けたのです。初めて受けて満点だっただけのことです。私はケミカル・バンクの頃からネイティヴたちと英語で闘ってきましたから、そういう体験が実証されたまでです。英語だけの勉強をやったわけではありません」
 紘道館の行動哲学には、あくまでもコミュニケーション能力は、本来、筆記試験では測れない、という原理・原則がある。オーラル中心のICEEは英語道の延長にあるから、あくまで人間同士のインタラクティブ・コミュニケーションそのものを審査する。
 T根君はTOEICに狂っていない。ネイティヴと英語で30年以上もわたりあってきた、英語達人がここにいた。今、私の心境は英語名人という肩書きを返上したいくらいだ。世の中には恐ろしいヤツがいるものだ。しかも今回のメールのような思慮深い気配りが滲み出ている――。この英語コミュニケーションの達人には、紘道館の英語の指南番になってもらうことにした。…無給だが。

 
 
2006年12月21日
紘道館館長 松本道弘