悪: |
ミチヒロよ、自分を旅人と言ったな。 |
神: |
なりたいと言った。 |
悪: |
どちらでもよい。カッコ良過ぎる発言に変りない。カッコ良過ぎるとは不自然のことで、悪魔に魂を売ったことになる。 |
神: |
「ぼくは旅人」の詩は、ブログ用に自然に書いたものだ。どこが不自然というのだ。 |
悪: |
旅先で死んだ時の顔が笑っているかどうか気になると言ったな。今、言えるか。今、お前は地方のホテルでダウンしている。 |
神: |
笑って死にたい気持ちは変らない。 |
悪: |
今、お前が死ねば、家はどうなる?紘道館やお前を支持する人たちを悲しませることになる。明日は息子と沖縄旅行に行くプランがあったな。残された家族がお前の死に水をとる。お前の死に顔がそれでも笑っているというのか。 |
神: |
……笑えないかも。 |
悪: |
だろう。お前のあのカッコ良過ぎる詩は、元気な時に書いたたわごとだ。 |
神: |
たわごと?何度も書き直して書き上げたのだ。プロのライターを馬鹿にするな。 |
悪: |
今、笑って死ねるか?病の時のロジックは、お前の自慢の哲学をも裏切るものだぞ、ミチヒロ。 |
神: |
もしもという仮定法には答えたくない。私が死ぬわけがない。今、たまたま病に伏しているだけだ。 |
悪: |
もしもの質問に答えられないって、それが武士か?武士たるもの、非常時こそ現実なのだ。死はいつ訪れるかもしれない。そのことを常に自覚し、心構えを崩さないことがサムライの、いやお前のいう旅人の意地ではないのか。 |
神: |
では、死に顔はどうあればよいのだ? |
悪: |
ワッハッハ、お前のロジックが壊れた、ミチヒロ。死ぬ時は死ぬ時の顔でいいではないか。死んだらわかることよ。 |
神: |
でも死に顔は笑っていたい。できれば葬式の時に雷を鳴らしたい。 |
悪: |
それを我執という。英語道七段の名人がまだ「我」にとらわれているのか。 |
神: |
面目ない。どうすれば笑って死ねるか。 |
悪: |
知らん。しかし一つ仮説がある。自然を味方にすることだ。 |
神: |
自然を味方?今、私は薬も水も飲まず、二日間絶食している。それでも苦しみながら死ぬことだって自然の道だというのか。 |
悪: |
ふと考えたが、自然の意味がわからなかったら、「お母さ〜ん」と呼んでみろ。声をあげて「おかあちゃ〜ん」と。 |
神: |
この歳で、恥ずかしくて…。 |
悪: |
齢は関係ない。たとえ十歳の子供でも百歳の老人でも、母の胎内から産まれた限り、そこへ戻りたくなる。声を出して叫ぶことだ。その音霊がお前の生命を戻してくれる。 |
神: |
母にそんな力があるとは思えない。あんな糠味噌くさい母に…。 |
悪: |
いや、母というものは家にいて、目立たないからこそ磁力がある。母にならず女のままでいたい女は石女(うまづめ)の乾電池だ。デッド・バッテリー。母なる大地はガイヤ、そしてお前の母だ。旅人が旅人でいられるのは、どっしりと構えている母なる存在があるから。武蔵の五輪を六輪に変え、ガイヤの土のロジックを加えたのは、お前の母のお陰ではなかったのか。 |
神: |
私は日本で知られたディベーターだ。そのディベートの鬼に向って論破しようとしているお前は誰だ? 私から磁力、いやカリスマ性を奪うお前は悪魔に違いない。 |
悪: |
いや、私はお前の良心だ。”I’m your conscience, Michihiro.” |
神: |
良心? |
悪: |
自分の中にある他人のことだ。鏡に映っているお前、そしてお前の先祖の顔だ。 |
神: |
旅人にとり、最強の敵が自分であることをあなたは教えてくれた。 |
悪: |
いや、お前が慕っているクリシュナムルチなら、こう言うだろう。「私は何も教えていない。お前が独りで学んだのだ」と。お礼を言うなら、病で倒れたことだな。神(自然)に感謝することだ。私に対してではない。倒れるのも旅人の「行」なのだ。 |
神: |
旅人は負けて学ぶか……敗れて良かった。 |