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叱られ上手は英訳できるか

 日記はデイリー。そしてこのブログはウィークリー。だから日記はデジタルであり、アナログ(連続)を加えたブログはデジアナ通信となる。ブログを書くのがちょっと楽しくなった。13歳から書き続けてきた日記が活かされるからだ。
 最近、私より目上の人から叱られた。「紘道館のために、あなたのために友情出演したのに、音沙汰がない。しかも歳下の人からの…。だから鼎談企画は断る」というお叱りを、第三者のEメールを通じて知り、素直に、そして誠実に謝った。
 言い訳もできないことはなかった。「紘道館内部の人事問題や新しい国際的プロジェクトが加わり、超多忙でして、つい……。」
 いくら言い訳できても、目上の著名人を怒らせたことは否めず、一切言い訳はせず謝罪。「うん、松本さんとは二人で何か企画ができそうですな。外資系企業と日本企業に共通する間≠フ取り方。参謀の在り方、根回し、交渉スタイル、メールの使い方…」
 急に距離が縮まった。私も叱られ上手になったものだ。
 名古屋外国語大学で教授をしていた時のことを思い出した。隣りの教授室で厳格なデゾニエ教授(アメリカ人)が女生徒に大声で叱っている。”I want your explanations, not excuses.”(説明だ、言い訳ではない)
 女生徒の声は聞こえない。しかし、こんな内容ではなかったか。「遅れたのは1時間に数台しかこないバスに乗り遅れたから…」「目覚まし時計が鳴らなかったから…」「深夜に及ぶ仕事が続いて、疲れて、つい…」(確かに、私大はカネがかかり、夜のバイトをしている生徒が多い)。
 このように自己弁護(self-justification)は誰だってできる。しかし、教授が怒っているという事実は否めない。なぜ、怒っているのか。この「察し」が残心である。
 叱られ上手。出世する。上司に可愛がられる。
 叱られ下手。上司が叱りづらく、いずれ周囲からいびり出される。
 私もサラリーマン生活が長い。いろんな職場を渡り歩いてきたから、情報に事欠かない。ここまで生きてきて良かったと思う。どこへ行っても、経営幹部の言葉は同じ。「叱りづらい部下は苦手だ」だ。
 では出世する人間、「叱られ上手」はどう英訳するのか。
 こういう問題は、英語の検定試験には出ないが、私の周囲に集まる人は、こういう生きる知恵を英語で学びたい人たちばかりだ。

 1月27日の歌楽歌楽屋での「松本オン・ステージ」ではこの「叱られ上手」をどう英訳するか、という問題を投げた。ネイティヴも四苦八苦する。同時にみんなと考え合い、語り合うソクラテス対話は私の得意とする話法である。
 意見が揃ったところで、こんな英語はどうだろう、と最新のTIME誌からgracious loser(気品のある敗北者)という英語を披露すると、みんなが「なるほど」と唸った。
 graceとは気品。後腐れのない(言い訳をしない)謝罪には気品や品格が要る。この英訳でいいのか、数人のネイティヴに聞く。the art of upgrading yourself by gracefully apologizing ... or, getting credit for graciously admitting your mistake and accepting the consequences … こんな説明をしたと思う。
 それでもネイティヴは首をかしげる。そこで、artful apologizerというと、2人のネイティヴが頷く。しかし詫びて評価を上げるために、巧みに失敗して、オーバーに謝罪する寝業師は、strategic apologizerかart of getting credit for tactfully getting the short end of the stick …(巧みに不利な立場に身を置いて、評価されることを狙う術)。 どんな英語表現を使ったか忘れたが、gracious loserの域を出ない。
私の好きな英語を一つ。
 Trees are best measured when they are cut down.
 (木は倒されなければ、その価値は判らない)
 これが「残心」ではないか。この「残心」をどう訳したらいいか、まだ判らない。いい知恵があれば教えて欲しい。「間」の一種であることに変りはない。「間」は私の同時通訳の師匠である西山千氏によると、critical pause(命取りになりかねない時空的空間=私訳)となろう。

 
2007年1月27日
紘道館館長 松本道弘