前回に続き、「吉兆」の心得から。
七、 素材の顔つきに合わせて切る。
―― 素材には、顔つきというものがある。英語の素材にも顔つきがある。この素材の英語は、書き言葉として使えるか、話し言葉として使えるか、切り方を工夫すべきである。使えるように ―― おいしく食べられるように ―― 庖丁も時には使いわけるべきであろう。有構無構(宮本武蔵)――構えあって構えなし ―― だ。
八、 「切り分ける」以外の庖丁使い。
―― 食べやすい大きさに「切り分ける」のがその目的だ。庖丁には「むく」という作業もある。耳にした英語もTPOにより使い方を考えなければならない。スラングは有段者向けの素材で、皮ごと食べると食あたりする。むくには、ベテランの先輩(メンター)か、ネイティヴのガイダンスも必要だ。ちゃんと食べやすいようにむいてくれる。武蔵なら「遊(ゆう)」の構えと呼ぶだろう。
九、 初心者でもいい庖丁を選ぶこと。
―― 料理の世界では、腕はよい道具からも導かれる。道具は、辞書であったり、英会話学校の先生であったり、外人ハントで知り合ったネイティヴであったりする。英英辞書はいいネイティヴ代わりになってくれる。いい辞書 ―― 最近ではいい電子辞書 ―― があれば、国内で身軽な英語旅行ができる。いい電子辞書は、いい刀だ。
十、 庖丁を研がない人間は料理も下手。
―― 庖丁の切れ味を保つには、研がなければならない。庖丁は料理人の魂、武士における刀のようなもの。英語という刀はいつも研がなければならない。国際人は、庖丁一本、さらしに巻いて渡り歩く、渡り職人のようなものだ。湯木名人は、私を関東系の料理人(店のものではなく、自分の庖丁を持っている)だと思われたのではないか。
プロの料理人・遠藤功からヒントを得た。
1970年のあの日、湯木貞一名人が、同通のブースに近づかれたのは、調理場を覗きにこられたのではないだろうか。
弁当も一緒というのは、私の英語の切れ味を試されたのではないか。
味にうるさいあの料理の名人が、通訳者用の弁当と同じものを食べられるわけがない。
(このマツモトなる忍者は、私の心奥を英語で伝えることができるのか…)と。
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