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「青い糸」第2章 10より 
紫はエロチック(あやしげ)な色 ― その2

たまには、高級感が味わえるホテルに泊まる。―― 風変わりな発想が浮ぶかもという期待に胸を膨らませて。
「プロは、プロらしく高級意識を持て。決して、通訳だからと卑下しないように」と師・西山千から忠告を受けたことがある。

窓から海が見える。右に伊勢志摩、左にぽっかりと神島が浮んでいる。
(あそこで三島が小説『潮騒』を書いたな)
眼下には、白い砂浜が広がっている。
白い砂が、海水を含んで、褐色を帯び、灰色になる。

少し遠のくと海は緑色になる。更にその彼方に眼をやれば、青色に変り、更に遠方に眼を投ずれば、紺色になる。
ホワイトからグレイ。グリーン。そしてブルーを経て、deep blueの世界へ。日本語のアオにも濃淡がある。色の遠近法。

遠方は、消滅点 ―― 死へ誘わせるダーク・ブルーの世界になる。
そんな死地に向うには、赤の決意がいる。
紫色の色眼鏡をかけてみれば、今の私はある種の思考に耽溺している。
eroticismの誘惑とでも言おうか。

ソクラテスは、対話(dialogue)によって、紫のダイモン(daimon神霊)を赤と青に分けた。ディベート教育の創始者といえども、氏の人生の結末は三島のそれのように悲劇的であった。
しかしその赤(血)は、何かを産んだ。


2007年10月6日
紘道館館長 松本道弘