日本狼は全滅した。
いまや、田舎は増え続ける鹿の害で悲鳴をあげている。大都会の人間は気づかないが、旅人の私には、あらゆる情報が入ってくるので気になる。佐渡島はタヌキ(むじな)だが。
これぐらい鹿や猿の被害が増えれば、過疎地帯の経済は成り立たない。老齢化の進む寒村では、鉄砲を持つ狩人がいなくなり、鹿などの草食動物にやられっぱなしだという。
だから、「狼よ、戻ってこーい」という声が知識人の間からも聞こえてくるのだ。
最近も、飛騨南部の湯谷温泉にある旅館で執筆していたが、急にペンを止め、地元の市役所の人と話をしたくなった。
「今時飲める温泉は少ない。こんな秘湯の多い温泉地に人が来ないのは、よほど小坂市役場(今は下呂市の一部)の広報活動が遅れているのでは」と問いかけた。
所長もいう。「ここはさびれた温泉場ですが、自然のままの場所で、穴場はいろいろありますよ。濁河温泉を含め」と。
しかし、田舎の悩みにまで話を進めていくと、はやり鹿害の話が出た。
「農家が泣かされていましてね」
その時、狼に魅了された私は、「狼を育てたらいかがですか。協力しますよ。オスとメスのアルファ・ウルフを中心に、人間が飼いならすと、きっと農作物を狙う鹿を狼が退治してくれるでしょう」
所長は表情を変えず、「狼と、それに狐でしょうか」と、私の提案はまんざらでもなさそうだ。今流行りの言葉を使えば、バイオロジカル・コントロールとなろう。人間が鉄砲をもって殺す必要はない。稲を荒らすイナゴをカマキリが食ってくれるように、狼に任せるのだ。
どうも弥生時代になってから、日本では、草食動物が可愛がられて、肉食動物は残酷というレッテルを貼られ、評判はよくない。しかしモンゴルの知恵に従えば、神は平等なのだ。エコロジカル・バランスは、きれいごとではない。現実的な抜本策が必要ではないか。
狼の復活。私は真剣に考えている。 |