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TIMEと喫茶店でデート

喫茶店は、TIMEと語り合うのに理想的な空間。
暗過ぎてもいけないし、明る過ぎてもいけない。
ある程度、ムードがあった方がいい。

私はこだわるタイプだ。
TIMEは格別に気に入ったデート相手なのだから。

ある時、六本木に高級喫茶店があった。
ムードでは負けないという看板が気になって入った。
十数年前、たしかコーヒー一杯が850円。

たしかに高級感を感じさせた。
誰もいない。
誰もいないって? お前がいるじゃないか、と英語のロジックが私に突っ込みをかけてくる。
そうだ、None except me. と訂正しよう。

今、そんな話をしていない。たった一人なのだ。
TIMEを読まなければならない。
情報と英語からtough Englishを学ぶのだ。

ムードに乗れば、TIMEのページが速くめくれる。
乗る。If I get on a roll, I’ll lose myself soon.
乗れば、没頭できる。英語も情報も向うから来る。
乗らなければ、こちらから英語や情報に近づこうとする。

英語と私は、男女の力関係に近い。どちらの引力が強いか。
考え事をしたり、会いたい人にすっぽかされたりすると、ノリが悪くなる。
この高級喫茶店なら、TIMEとランデブー気分が味わえる。

たった一人の贅沢な空間。そこでTIMEを読む。
guilty pleasure…
その大切な空間が一瞬にして崩れようとは、だれも予期しなかったはず。

店のおやじが話しかけてきた。
「わたしゃね、高級感を創り出すために苦労したのですよ。客はこなくてもいい。わかってくれる方がいればいい。私は芸術家肌でしてね。ビジネスが下手でしてね…」

喋りだしたら止まらない。
(オレは話にきたんじゃない。TIMEを読みにきたんだ)
また話しかけられるかと思うと集中できず、途中で店を出た。

六本木で目立っていた、あの高級喫茶店はどうなったのかな。
数ヵ月後、その近くを歩いた。
―― その店は、消えていた。

2008年8月5日
紘道館館長 松本道弘