最近、風の人が増えてきたのではないか。過去は振り返らない。振り返りたくない。
かといって、未来のための計画を立てるのも億劫で、人間関係もその場限りのさらっとした形が好ましい。
コミュニケーションはすべてがEメール。新聞は夕刊フジ、ゲンダイ。今起こっているニュースだけが気になる。人と会って交わす会話も、紀香の次のお相手は、とか、イチローの打率とか、すぐに腐る、いや「消える」話題に限られていく。
人生も風のおもむくまま。この人たちは、親友を求めない。深い人間関係ほど煩わしいものはないから、こじれることが期待される、貸し借りの話にものってこない。
この風人間は、弱そうで意外に自分というものをもっている。
地球が自転している間、風は発生する。人間がこの地上にいるかぎり、風のような人間は必ず発生する。石のような固い信念を持った人に対しても、ノンポリの立場から、冷笑的に質問をする。
オバマが嫌いな冷笑者(cynics)は、反対尋問に強い。サッカー・ディベーターの反対尋問はクールな風人間に任せる。反対尋問(クロス・イグザミネーション)は、ディベートの華≠ナある。火花が散るから美しい。
私は話の巧い人より質問の巧い風の人の方が好きだ。
嫌いな風人間がいる。ESSのディベートのチーフが私に噛みついた。
「先生は、日本のためにディベート教育を勧めておられる。どうしてそこまで」
「……」
「じゃ、聞きますが、日本は先生に何をしてくれるのですか」
「……」
日本が好きだから好きなのだ。シニカルな人間は、風より石だろう。 |