35年前に『日米口語辞典』を編んだ頃の私の英語力は、たかがしれたものだった。衆智を集めて、練り上げた豪華辞書であったが、英語の「言霊」と「音霊」への配慮に乏しく、画竜点睛を欠いた感は拭えない。
「画竜点睛を欠く憾みがある」とは、It’s a shame the finishing touch was omitted. (新和英大辞典)のこと。いい訳だ。では、描いたはずの竜に抜けていた睛(ひとみ)とは何か。瞳孔とはpupilのこと。相手の目の中に小さな人の像(pupil)が映ること、と聞けばああそうか、と納得していただけるだろう。
英語の言(音)霊を据えるとは、英語の瞳を捉えることでもある。その輝きが読者の眼に映り、意識を変える。言霊の妙≠セ。しかしその裏に、音霊(sound spirit)がある。言語は音から始まる。ピューピルのピューという母音に耳を傾けて頂きたい。
どこかに可愛い(キュート)、学童(ピューピル)のユウ音が結ぶ縁がありそうだ。縁結びの神のことをCupid(ギリシャではEros)という。愛を象徴するcuteな美少年だ。
愛のネットワークを産む神社といえば、子宮。子宮とはuterus(ユーテラス)のことで、一般にはwomb(ウーム)と呼ばれる。ウーン、ウーンと産む「う」の音霊については既に述べたので、今回は「お」と「い」の母音が引き伸ばされたら、どのように意味変化をもたらすか論考してみたい。
とにかく、英語の音霊について述べることは、未知の分野であるように思われる。ペンを持つ私にも、大胆にして細心なところがあり、いささか緊張している。「おおお」と感動まじりの反応を期待しながらも、読者に「えええ」と疑問の念を抱かせるのかという不安である。
その2につづく |